上京ぶんか系男子!

上京した文化系であり文科系である私、「ぶんか」系男子が、ぶんか系な視点でぽっと考えたことを書いていきます。

飛行機のたわむ翼を見入ってしまう

 飛行機が気流の激しいところを飛んでいるとき、翼が揺れているのが窓から見えます。私は揺れてたわんでいる翼を見ているとつい見入ってしまいます。

 まず、あんなにかたそうな翼がしなっているのを見るとどうしても不安になります。たまにすとんと高度を下げるとき、ミシミシと音がなってい(これは椅子などの音だと思いますが)、そして翼がぐわんぐわん揺れるのを見ると、腰のあたりがソワソワします。

 しかし、もちろん翼はたわむように作られていますし、気流の乱れているところを飛んでも全く問題ないわけです。逆にたわまないと力を吸収できずに危険なような気もします。つまり飛行機は翼がたわむから安全なのです。すると、不安とは逆に知っている通りちゃんとたわんでいるという安心感も出てきます。

 私はそういう逆説的な体験がなんとも言えず楽しいのです。そして、翼が揺れて乱気流の中を飛んでもびくともしないものを作り上げる人間の科学技術は、なんど乗ってもすごいなと思います。

知らないうちに毎日一万歩以上歩いていた

 上京してからお腹が減るようになりました。スポーツもしていないのに、どうしてお腹が減るのだろうと不思議でした。本を読んだりレポートを書いたり頭を使うからだろうか、環境の変化のストレスからだろうか、などと色々考えましたが、どれもしっくりきませんでした。

 今まで知らなかったのですが、iOSに入っている「ヘルスケア」では歩数が見られます。それを友達から教えてもらって、歩数を見てみると4月を境にほぼ毎日一万歩を超えていました。3月までは一万歩を下回っていたので、上京してからかなり歩くようになったといえます。

 よく一万歩以上歩くと健康的と言いますが、普通に暮らしているだけでそれを達成できてしまって少し意外です。東京は駅が大きく、通学のために駅の中を歩くだけでも結構歩くように感じます。ただ、駅まで歩く道も高校時代より長くなったのでそのためなのかもしれません。

 いままでは小食で、なんで上京してから食欲があるんだろうかと思っていましたが、たぶんたくさん歩くためなのでしょう。いままでより食べる量を増やしても大丈夫そうなので、ほどほどに食べていこうと思います。

受験が終わって読書するようになった話

 私は本を読まない人間でした。中学や高校であった学習習慣の調査で読書習慣はいつもほとんどないと答えていました。私は本を読むのが遅く、また、インターネットやテレビを使えば文字しかない本がなくても教養は身につけることができると考えていました。

 しかし、あるときテレビやインターネットで話している人たちは本を読んで教養を身につけ、そして、本を読んでいる人にしかわからないメッセージを隠し味のように発言に入れているのではないだろうかと思うようになりました。そのきっかけは受験勉強でたくさんの現代文の問題にふれたことでした。現代文の問題は本からの抜粋がほとんどなので、それらを読んでいくうちに、テレビやインターネットの「隠し味」の存在がうっすらとわかってきました。

 受験が終わってから本を読んでみると、テレビやインターネットよりも内容が濃くて面白いのです。それからは本を読まなきゃいけないなと思って、今まで読まなかったぶんも埋めようと色々読んでいます。そして、なんとなく「隠し味」の素がわかりつつあるような気もします。いつかは、「隠し味」の大体の見当がつくようになりたいものです。

札幌に帰省して思ったこと

 ゴールデンウィークは札幌に帰省しています。一ヶ月東京に染められた後に帰ると、札幌を少し客観的に見られた気がします。

 これは帰る前から気づいたことなのですが、かなり街が綺麗だと思います。札幌市では建物に使われる色が制限されていることもあって、街並みは落ち着いた色で統一感があります。また、道に落ちているゴミも少ないです。

 そして、意外と都会だったんだなあと思いました。上京するまではなんとなく東京に比べてかなり小さい街なんだと思っていたのですが、帰ってきてからはそれまでよりも札幌が大きく感じています。また札幌市民交流プラザという大きいビルも建ちますし都会感はもっと出てきそうです。

 また、空気が綺麗というのも今までは本当にそんな変わるのかと疑っていましたが、帰ってみるとやっぱり綺麗でした。

地元を離れると今まで気づけなかった良さがわかるといいますが、本当にそうなんだなと思いました。これからは今までよりももっと地元に誇りをもっていきたいと思います。

文化的な豊かさも考えて将来を考えないといけないのかも

 大学に入ってから、卒業後のプランについての会話が友達同士でも先生との会話でもよく出るようになったように感じます。文系の大学生の場合卒業後は就職する人がほとんどですから当たり前といえばそうですね。しかし、今の日本は高度経済成長を経て、低成長の時代にあります。しかも少子化です。将来のプランを考えてもなかなか明るい未来が見えてこないです。

 ただ、私は完全に暗い未来しかないというわけでもないと思うのです。観光客が増えたり、2014年からは三年連続で取ったり、アニメが高く評価されたり、文化的な方面では21世紀以降日本は急速に成長しているように感じます。

 豊かさを考える場合に経済的な豊かさだけでなく、文化的な豊かさという尺度でも考えてみると今までわからなかった道が見えてくるかもしれないと思います。今までは芸術家など一部の人たちが文化的に豊かであることも、経済的に豊かであることと同じくらい大切なことだと考えていたのだと思います。しかし、芸術家ではない人も、そういった価値観を部分的にでも取り入れれば経済的にとても豊かではないとしても、自分の満足できる将来を実現することはそこまで難しくはないものになってくるのではないでしょうか。その上、より多くの人が文化的豊かさに価値を見出すようになれば、成長している文化分野に対する投資も活発になって、経済にも良い影響が出るかもしれません。

 とは言っても文化的豊かさを実現するためにも経済的豊かさが必要になってくるところもあって、そう簡単にうまくいかないのでしょうけれども。

 文化的豊かさにどれくらい価値を見いだせるのか、そんなことを色々考えながらこれから三年間、将来について考えていかないとなと思っています。

カフェに飢えている

 地元にいた頃はカフェが好きでよく友達と行っていました。上京前は東京に行けば最先端のカフェに行ける!と思っていて楽しみにしていたのですが、上京してからあまりカフェに行っていないです。カフェは結構目につくのですが、入ることなく通り過ぎてしまい、結局、学校と家を往復するような生活で一ヶ月が終わっていきました。

 一つ言い訳をすると、まだよく知らない土地で知らないカフェにふらっと入るのって勇気がいると思うのです。ただ、せっかく最新の文化に触れられる東京に来たのに楽しまないのも勿体無いので、早く最初の一歩を踏み出さないとなあと思っています。

 受験が終わった春休み頃から思っていることなのですが、大学に入ってからは、何事にも積極的に一歩踏み出していきたいなと思っています。高校時代はぼーっとしている時も結構あって、その時間にもっと色々な活動に参加したりしておけばよかったなと反省しています。それに、振り返ってみると地元のカフェも積極的に発掘できないでいて、いつも慣れたところばかりに行っていたなとも。

 知らないカフェにすら入れないで他の色々なことに飛び込んでみることもできないので、一歩目として知らないカフェに入って楽しみたいと思います。それができて知らない店を発掘しまくっている人って楽しそうですよね。頑張ります。

原稿用紙一枚分

 400文字の日本語、つまり原稿用紙一枚分の文章を書くということについての思い出は、誰もが何かしら持っていると思います。頭をひねって文章を書いてもなかなか400文字に達しなくて苦しんだ人もいれば、スラスラと書けた人もいると思います。

 私は原稿用紙一枚分に苦しんだ方の人です。中学生くらいまでは原稿用紙一枚分の文章を学校の宿題で書くことになると、書くのが大変だなあと思っていました。常態で書くと字数を稼げないから敬体で書こうとか、字数の多い単語に言い換えて書いてみようとか色々とやっていました。そうやって書いていっても原稿用紙の7割までしか書けないと、8割以上埋めるという提出条件に届かないため、とてももどかしい気持ちになったのを覚えています。

 しかし、高校に上がるといつのまにかスラスラと文章を書けるようになりました。高校受験の時に国語力が身についたからかとか、高校の授業のおかげかとか、ツイッターを初めて書くことに慣れたからかとか考えていますが、決定的なきっかけはなかったと思います。そしてまた知らぬ間に、高校2年生の頃からは文章を書いていると楽しく感じるようになっていました。できるようになると、それも楽しくなるというやつなのだと思います。なので、高校では生徒会誌などでの部活の紹介文をよく頼まれて書いていました。

 大学に進んだ今はレポートに追われていますが、あまり悩まずに書けています。400文字でも苦労していたときから考えると成長したなあと自分でも思います。今度は美しい、良い文章を書けるように進み続けたいです。